多重人格というのは稀にしかないものだと思われているが、バイリンガルな者ならば、「英語で喋って(考えて)いる時と、日本語で喋って(考えて)いる時とで、自分の性格が違う」現象を知っているであろう。
この「バイリンガル」は自然言語のみに限られず、プログラミング言語、スポーツ、音楽、固有ジャンルの話題、思考対象、等々が変化した時にも「性格(人格)のシフト」を起こしているように思える。つまりこの現象は非常に一般的である。
「記憶の共有の有無」だけが、典型的な多重人格者との違いではないのか。
つまり、我々は皆「記憶の共有ができている多重人格者」である。
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